2026年9月13日
山口の昔話18話
話の舞台をたどる地図
耳なし芳一は下関、三年寝太郎は山陽小野田。
誰もが知っている昔話のいくつかは、実は山口が舞台です。
夜ごと平家の霊の前で琵琶を弾いた芳一の寺は、いまの赤間神宮。
三年寝てばかりいた寝太郎が田に水を引いたのは、厚狭の千町ヶ原。
下関の専念寺の釣り鐘は、足が生えたように海へ帰っていったと伝わり、
永福寺では今も毎年7月17日に、お菊の幽霊の掛け軸が公開されます。
県内に伝わる18話を、話の舞台になった場所に置きました。
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宇部・美祢・山陽小野田3話

三年寝太郎三年寝てばかりの若者が、村に水と田んぼをもたらした
庄屋の息子・太郎は三年三か月も寝てばかりで「寝太郎」と笑われた。ある日むくりと起きて、千石船と山ほどの草履を父に頼む。佐渡の金山で新しい草履と金鉱夫の古い草履を取り替え、こびりついた砂金を集めて帰り、その金で厚狭川に堰を築いて千町ヶ原を田んぼに変えた。1842年の『防長風土注進案』にも記録が残る。まんが日本昔ばなしでは2回作られ、1975年の版は、日照りの夜に寝太郎が山の大岩を崖から落として川の流れを変え、村の田んぼに水を引く話になっている。
〒757-0006 山口県山陽小野田市桜2丁目2−11

長者ヶ森触れたものが銭に変わる娘と、森になった屋敷
炭焼きの娘には山の福の神がついていて、葉っぱでも石でも触れると銭に変わった。約束どおり隣の炭焼きの息子を婿にして、二人は一帯の長者になる。ところが夫は驕って夜遊びを重ね、ある夜、妻が用意した食事を投げ捨てた。すると蔵の財産がすべてコクゾウムシに変わって出ていき、福の神も去った。屋敷の跡は深い森になり、「長者ヶ森」と呼ばれるようになった。秋吉台の草原にぽつんと浮かぶ森が、その長者ヶ森と伝わる。
〒754-0302 山口県美祢市美東町赤

別府弁天池お告げどおりに、青い水がこんこんと湧いた
長者が夢で老翁から二つの鎌を託され林を切り開いたが、水がなかった。諏訪明神のお告げで弁財天を勧請し祭りをすると、その夜、青い水がこんこんと湧き出した。コバルトブルーの池は日本名水百選。
〒754-0603 山口県美祢市秋芳町別府1578
下関5話

耳なし芳一平家の霊に耳を取られた琵琶法師
盲目の琵琶法師・芳一は、夜ごと武者に招かれて壇ノ浦の合戦を語った。招いていたのは平家の霊。和尚が芳一の全身に経文を書いて姿を隠したが、耳だけ書き忘れ、霊は耳だけをもぎ取って去った。舞台の阿弥陀寺は今の赤間神宮で、境内に芳一堂と平家一門の墓(七盛塚)がある。
〒750-0003 山口県下関市阿弥陀寺町4−1

竜宮の鐘足が生えて海へ帰っていった釣り鐘
下関の専念寺の大きな釣り鐘が、ある夏ひとりでに鳴り出した。娘の姿の者が和尚の枕元に現れ「あれは竜宮の鐘、返さなければ寺ごと砕く」と告げる。村人は女の髪で編んだ綱で鐘を縛ったが、三日目の朝に綱は切れ、鐘は足が生えたように石段を下って海へ沈んだ。力持ちの又五郎の手には、鐘のてっぺんの竜頭だけが残った。のちに寺は新しい鐘を作り、その竜頭をつけたという。
〒750-0006 山口県下関市南部町12−1

幽霊祭今も毎年7月17日に幽霊の掛け軸を公開する寺
下関の海産物問屋の娘お菊は、仲の悪い両親を案じて寺に願掛けを続け、心労で亡くなった。その夜、寺に現れたお菊の幽霊が「両親を頼む」と告げ、和尚はその姿を紙に写した。両親は生まれ変わったように仲良くなり、寺では御開帳のたびに幽霊の絵を出して夫婦仲の大切さを説いた。永福寺では今も毎年7月17日の夜に「幽霊まつり」として掛け軸が公開され、夫婦円満を願う人が訪れる。
〒750-0012 山口県下関市観音崎町8−2

塵輪と鬼石空飛ぶ鬼を、天皇が弓で射落とした
新羅の塵輪が熊襲をそそのかして豊浦宮を襲った。一説に黒雲に乗る巨大な怪鳥だったという。仲哀天皇が自ら弓を引いて射落とし、鬼のような首を埋めて石で覆った。兵が槍と旗を振って踊ったのが数方庭祭の始まりで、忌宮神社の境内にその鬼石がある。
〒752-0967 山口県下関市長府宮の内町1−18

平家蟹甲羅に、怒った武者の顔がある蟹
壇ノ浦で平家が敗れ、海に沈んだ武者たちの無念が蟹に乗り移った。甲羅に怒った人の顔が浮かび、漁師は恐れて食べなかったという。壇ノ浦を見下ろすみもすそ川公園に、源義経と平知盛の像が立つ。
〒751-0813 山口県下関市みもすそ川町1−1
山口・防府1話

みょうがの宿茗荷で客に忘れ物をさせようとした宿屋
欲深い宿屋の夫婦が「茗荷を食べると物忘れをする」と聞き、金持ちの客に茗荷づくしの料理を出した。客は何も忘れずに出発し、忘れたのは夫婦が宿賃をもらうことだった。宿は、宮島参りの客が行き来した旧山陽道の嘉川宿と伝わる。山口の民話集『周防・長門の民話 第二集』に収められ、まんが日本昔ばなしでも放送された。
日本、〒754-0897 山口県山口市嘉川
周南・下松・光3話

鶴柿鶴の恩返しで、八代の干し柿は種なしに
八代の里に来た親子の鶴。弱った小鶴に柿を食べさせたい親鶴をカラスがいじめ、女の子とお百姓が助けた。寒い朝、女の子が干し柿の種を喉に詰まらせると、あの鶴が現れ長いくちばしで種を取り出した。「柿に種さえなければ」との言葉を鶴が天に伝え、それから八代の干し柿は種なしの「つる柿」になったという。八代は本州で唯一ナベヅルが越冬する里。
〒745-0501 山口県周南市八代826−8

下松の降星松に星が降りて、まちの名前になった
595年、青柳浦の老松に大きな星が降り、七日七夜光り輝いた。「われは北辰の精。三年後に異国の太子が来る」とお告げがあり、百済の琳聖太子が来朝した。星が降った松「降松」が「下松」の地名の由来。琳聖太子は大内氏の祖と伝わる。
〒744-0012 山口県下松市北斗町11

落ちた雷名前をつけられて天に帰れなくなった雷さま
周防の太陽寺に雷さまが落ちてきた。天に帰ろうと杉に登ったところを、和尚が「おつち」と名を呼んだ。名前をつけられた雷さまは天に帰れず、小坊主と一緒に修行し、遠い谷川まで水を汲みに通った。息子の願いで和尚が帰るように言うと、おつちは境内の岩に手をかけて天に帰り、その岩から水があふれ出した。この水は「雷水」と呼ばれ、寺で大切にされたという。
〒745-0501 山口県周南市八代171
萩・長門2話

西円寺の狸ばやし満月の夜、山で腹つづみを打って見送った狸
青海島の娘おしずは、狩人に捕まった子狸を父に頼んで買い取り、山に逃がした。十年あまりのち、浜に倒れていた落武者を親子で看病し、おしずはその若者と夫婦になる。追手が島に来ると、娘夫婦は九州へ逃れ、父はひとり島に残った。するとあの狸が毎日父のもとに通い、身の回りを手伝うようになった。五年後、娘夫婦が迎えに来て、親子三人は満月の夜に小舟で島を出た。狸は西円寺の裏山で、いつまでも腹鼓を打って見送ったという。西円寺の入り江の「静が裏」という名は、おしずにちなむと伝わる。
〒759-4106 山口県長門市仙崎大日比2118

楊貴妃の墓楊貴妃は山口に流れ着いた、と伝わる
756年、安禄山の乱を逃れた楊貴妃が、空艫舟で向津具半島の唐渡口に流れ着いた。里人が看護したが間もなく亡くなり、久津の丘に葬られた。玄宗皇帝が夢のお告げで使いを送り、二体の仏像を届けたという。二尊院には楊貴妃の墓と伝わる五輪塔(県指定文化財)がある。
〒759-4623 山口県長門市油谷向津具下3539
岩国・柳井・周防大島4話

般若姫一夜で大木になった柳が、柳井の名前に
豊後の長者の娘・般若姫が都へ上る途中、嵐で柳井に寄り、井戸の水で命をつないだ。お礼にさした柳の楊枝が一夜で大木になり、「柳井」の地名になった。姫は周防灘の嵐を鎮めるため大畠の瀬戸に身を投げ、大晦日の夜には般若寺・大畠瀬戸・松尾寺の間を火の玉が飛ぶという。湘江庵に柳と井戸が残る。
〒742-0021 山口県柳井市柳井新町3058−1

岩国の白蛇岩国にだけ棲む、赤い目の白い蛇
1738年の『岩邑年代記』に、大洪水のあと城の門番が白い蛇を見つけたと記される。藩の米蔵のネズミを食べて守り、神の使いとされた。アオダイショウが白くなったもので、白さが代々受け継がれる例は世界でも珍しく、国の天然記念物になっている。岩國白蛇神社の隣の観覧所では、ルビーのような赤い目の白蛇を一年中見ることができる。
〒740-0017 山口県岩国市今津町6丁目4−2

帯石観音弘法大師が書いた文字が、海の向こうまで光った
811年、弘法大師が巨石に「南無阿弥陀仏」と書くと、その文字が金色に光って四国からも見えた。消えるのを心配した石工が筆跡どおりに彫り込んだ。帯を結んだような形から安産の帯石として信仰される。
〒742-2804 山口県大島郡周防大島町日前

フカ地蔵海女を背に乗せて助けたフカは、お地蔵さまだった
沖家室島の海女が、時化の海で岩にしがみついていると一匹のフカが現れた。思い切って背に飛び乗ると、振り落とされそうになり、思わず貝をそぐノミを背に突き刺したが、浜まで泳ぎ着いて助かった。体がよくなって丘の上のお地蔵さまへ参ると、お地蔵さまは倒れていて、その背中にノミを刺された跡があった。海女は、あのフカはお地蔵さまの化身だったと悟ったという。
〒742-2922 山口県大島郡周防大島町沖家室島260